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足下の円安と「ドル離れ」の力関係

  • 執筆者の写真: kyota katayama
    kyota katayama
  • 2024年12月26日
  • 読了時間: 6分

更新日:5月30日




5月27日の東京市場でドルは142円台から144円台に急上昇した。国内債券市場で日本の超長期債の発行が減額されるとの観測が高まったことにより、長期金利が急低下し、円売りが進んだ。また、日本の不安定な超長期債市場により日銀が利上げし難くなるのではないか、との見方も円を押し下げ、ドル/円


USDJPY

は29日には145円台後半を回復している。ただ、ドルの名目実効為替レートをみるとこの間ドルが大幅に上昇した様子はなく、ドル/円の急騰はあくまで円安圧力に押し上げられたものだったことがわかる。


むしろ、今年1月のトランプ大統領就任以降はドルの名目実効為替レートは下落トレンドにある。特に4月2日に米トランプ政権が世界の貿易相手国に対して賦課する「相互関税」を発表すると、ドルの下落が加速。5月に入ってからもドル全面安は続いた。


単なる「ドル安」と「ドル離れ」は大きく異なる。相互関税発表後のドル安は、明らかに「ドル離れ」と言えよう。米長期金利の低下を伴うような一般的なドル安との決定的な違いは、米長期金利の上昇(米国債価格の下落)とドル安が同時進行している点だ。トランプ関税により米国のスタグフレーション懸念が高まったことに加え、米財政懸念も広がるなか、米国の長期債の保有リスクに対する上乗せ金利であるタームプレミアムが上昇。米国債とドルに対する信認が低下し、米株、米国債、ドルのトリプル安に繋がった。これを受けてトランプ政権は相互関税の90日間の一部停止に踏み切らざるをえなかった。それほど、米国政府にとって米国債やドルの信認低下は深刻な脅威であることがわかる。


今回のドル離れとは真逆の展開だったのが、2020年の「コロナショック」だった。同年3月、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長が「新型コロナウイルスはパンデミックと言える」と述べると、金融市場がグローバルにリスクオフに傾き、景気後退が織り込まれるなか米長期金利は急低下。同時にドルは急騰し、いわゆる「有事のドル買い」が起きた。想定外の危機に見舞われた時、金融市場では現金(キャッシュ)を手元に持とうとする動きになる。そして、国際的に最も資金決済に利用されているのが世界の基軸通貨であるドルであり、いざという時はドルに対する資金需要が急速に高まるためにドル高が進みやすくなるのだ。「有事のドル買い」はドルの信認が高いからこそ起きる現象と言えるだろう。


しかし、足下ではその信認が揺らいでいる。4月の相互関税に続き、5月23日にはトランプ大統領による2つの関税に関するSNSへの投稿が市場に衝撃を与えた。1つは欧州(EU)に対する一律50%の関税賦課、もう1つは米アップル社も含め、米国外で製造された全ての携帯電話に対する25%の関税賦課である。唐突な50%もの対EUの関税発表は、EUとの交渉の停滞に苛立ったトランプ大統領によるブラフ(ハッタリ)と見られ、「また来たか」という印象を持った市場参加者は多いのではないか。結局、欧州委員会のフォンデアライエン委員長との電話会談を経て、2日後には関税の開始時期を7月9日まで延期することになった。


しかし、ここでより深刻な問題は、4月に発表済みの対EUの相互関税は20%だったのにも関わらず、これとの関係も不明瞭なままいきなり50%もの関税を打ち出すトランプ大統領の横暴ぶりと、それを数日で修正するという朝令暮改にあるのではないか。 いずれにせよ、今回の発表によりトランプ大統領の政策推進において以下3つの課題が改めて浮き彫りとなった。


第1に、関税引き上げの脅しをかければ、各国は米国に従うという考え方が変わっていないこと。第2に「米国内での製造」に強く執着するあまり、関税が米国経済全体に及ぼす影響については考慮していないこと。第3に、方針の発表があまりにも唐突かつ不規則であること――の3点である。


これらを踏まえると、投資家にとっては安心して米国に資産を預けられる環境とは言い難い。米国は巨大なマーケットであり、米国市場に投資している世界の投資家がリスクを一部減らそうとするだけで為替相場へのインパクトは大きくなるはずで、「ドル離れ」によるドル安圧力は、今後もしばしば強まる局面がありそうだ。また、こうした政策の不確実性自体が企業や家計の経済活動を萎縮させ、米国自体の景気を冷やしたり、再び米国の信認低下を招いて「米国売り(トリプル安)」を引き起こしたりするリスクもあり、金融市場ではボラティリティーの高い展開が続くとみている。


トランプ政権第1期の17年のドル/円相場と今年のドル/円相場を比較してみると、興味深い類似点と相違点がある。そもそも年初の水準が大きく異なっており、17年初のドル円は117円台、25年初は157円台だった。一方、17年については複合的な要因はあるものの、トランプ氏の就任直後から貿易摩擦が浮上し、ドル安・円高が進んだ点については両者は類似しており、ドル/円の方向性も同じだった。ただ、先述した全ての貿易相手国に対する「相互関税」発表のネガティブ・サプライズがあまりに大きく、その後、米英間で貿易交渉が成立したり、米中間でも電撃的な部分合意が成立したにも関わらず、ドル/円は2017年の値動きから大きく下方に乖離(かいり)し、依然として4月2日の急落前の149円台を大きく下回っている。トランプ政権については、これまで挙げてきた関税政策のみならず、例えばハーバード大学への30億ドルもの政府助成金やコロンビア大学への4億ドルの助成金打ち切り検討、米国に留学するための学生ビザの取得に必要な面接の予約受け付けの停止、中国共産党とつながりのある留学生ビザの取り消しなど、これまで米国のソフトパワーを支えてきた名門大学の力を削いだり、米国の強みであるはずの「多様性」を後退させる方向に動いており、長い目でみれば国力の低下に繋がりかねない。


実際、米国(ドル)に対する信認を最も顕著に表している、世界で保有されている通貨別の外貨準備高を見てみると、ドル建ての外貨準備のシェアは01年の70.5%をピークに減少し続け、24年末時点で57.8%となっていた。安全資産であり無国籍通貨ともいわれる「金」が買われ、史上最高値圏にあることもドルの信認の揺らぎを象徴している。これまでじわじわと緩やかに進んできた「ドル離れ」がトランプ政権によって今後一気に加速したりしないか気がかりだ。


ただ、17年のドル/円相場をみると今年の参考にもなるような少し明るい材料もあった。同年前半はドル/円は軟調に推移したものの、9月以降は緩やかながら持ち直していた。これは、年末にかけてトランプ減税が成立するなどポジティブな材料が目立ったことが背景だ。今年も年後半は来年の中間選挙をにらんで、各国との「ディール」が進み、関税が引き下げられたり、減税法案の成立や、規制緩和の進展など、ポジティブな材料が並ぶ公算が大きい。


また、トランプ政権の関税措置に対する米国際貿易裁判所による「違法」との判断や、連邦地裁がトランプ政権によるハーバード大学の留学生受け入れ資格停止措置に対し、一時的とはいえ差し止める判断を下すなど、民主国家として法の下に環境が改善する期待も生まれ始めている。目先は政策の不確実性は高く、ドル/円もしばしば急落したりする局面もありそうだが、年末にかけては148─150円付近まで持ち直すと予想している。


 
 
 

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